ピアニスト樋口一朗 ~響きの玉手箱~

25.イマジネーション (火, 21 6月 2022)
先日、衝撃的なレッスンを目の当たりにした。記憶が新しいうちに、私なりにここに綴ってみようと思う。 それは私の師、大野眞嗣先生によるレッスンでのこと。言葉にすると逃げてしまいそうなほどに貴重な時間。生徒の方も、先生のもとで長年修行を積まれた非常に鋭敏な感覚をお持ちの方で、とても高い次元でのレッスンであった。 近頃の私は先生の影響で、絵画に陶酔している。とにかく絵が好きで好きでたまらない。ピアノを弾く時間よりも長く絵を見ているかもしれない。未熟な私なりに色々なことを感じているのだが、そのレッスンではまさに絵画と音楽が融合する姿を見たようだった。 その日はスクリャービンの作品。先生はレッスンが始まると、まるで漫才師のように次から次へと音で語っていく。 言の葉をつけるならば、宇宙の果てしなく遠いところまで、ぐーーーっと伸びていく響き。 彗星の尾のような響き。 透明なグラスをイメージする音。 ときにはシャボン玉のようにパッとして消えてしまうような音。 線香花火が一瞬の光を放ち、しかもそれが黄金に輝くように。これは、ある日本画家の描く線香花火の絵を見たときに先生がひらめいた音色。 鏡と鏡を向かい合わせたとき、どこまでも続いて果てしない永遠を思わせるかのよう、では永遠に終わらないように聴かせるにはどうするか、そのためにはどういう音を選ぶか。 私の拙い文章で言い表すのは大変恐縮だが、とにかく広くて深い、先生の発想の豊かさを感じた。それに触発されるかのごとく、生徒さんの演奏がみるみる変化していき、新たな扉が開く音がきこえるようだった。 書き出せばキリはない! あまくて白い生クリームのような響きや、ほろ苦いコーヒーの香り、ときには危ういハーモニーも存在した。世の中には、イマジネーションの源がたくさん転がっているわけで、曲と向き合ったときにそれがいきてくる。 先生曰く、そういう捉え方ができるようになると、前衛の音楽も見えてくるそうだ。宇宙規模で、宇宙人と交信するかのようにハーモニーをとらえていく。教科書的に捉えることとはわけがちがう。 まだまだレッスンは続く。 「それは僕には空耳っていうか非現実的なお告げの声がきこえるような表現をしたくなる。そうするとより高いところに行くでしょう?そして左手のハーモニーが浮き出てくるでしょう?すると遠くから天使の羽をイメージするようなハーモニーが聴こえてくる。」 「僕だったらそこは水面の風になびく水の波紋をイメージするかな。それ以上に無理に動かさない。だってその音域だから。それ以上動かすと下に落ちてきてしまう。するとミがでてきたりドが出てきたりそこで動きを表現できる。そして最後、どんどん昇華されていき、裏声になるように曲を終える。 僕だったらそうひくかな!」 まぁなんともすごい情報量。 音色に込められているメッセージが果てしないのだ! レッスンを受けた生徒さんは、こういう風に向き合ってはじめて曲が理解できるのだろうと仰っていたが、本当にその通りだと思った。豊かなイマジネーションをもって一曲と向き合う、言葉では書ききれない哲学をたくさん教わった一時間だった。
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24.あるレッスンにて (Sat, 19 Jun 2021)
先日のあるレッスンにて。 生徒の演奏になにか違和感があり、尺八における伸び加減や音色が、ときに微妙に揺れる、実はこれこそが尺八の生命なのだという話をしてみた。 「竹藪の中を風が通り抜ける音を目指す」「一音成仏」などと言うように、一音の中に至上の音を目指すそうだが、この一音に精神を込める姿勢こそが、機能だけを追求する思想とは相反するものだと思う。13世紀に生まれた尺八は、孤立した日本の中で一音にこだわりながら生き残った不思議な楽器。一音一音が大切に紡がれる尺八の古典「虚空」は、まるで己の心を旅するようだ。その生徒は微妙なその世界を楽しんでいたようだった。 きっと何かを感じてくれたのだろう。なにかから開放され、語りかけてくれるようなその演奏は、今まで出したことのない音色の連続で非常に喜びあふれる時間だった。
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23.支え (Tue, 23 Mar 2021)
指の力で支えようとする弾き方が一般的とされ「指を強く」という指導をしばしば耳にする。が、医学的にも指の関節自体は強くならないことが証明されており、ロッククライミングやテニスなどから考察してもわかる通り、指の力ではなく前腕の腱や筋肉を鍛え、指や腕全体を支える必要がある。アルゲリッチやホロヴィッツ、ニコラーエワ、ソコロフらの演奏は、指の力でどうにかといった話ではない。その観点だけでも、非常に難しいことだが、つくづく重要なことだと思う。
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22.料理人とのお話 (Tue, 23 Mar 2021)
とある料理人とのお話。 今夜、そぼろ丼にするはずだったそぼろを見て 「ハンバーグにするか」と 生姜と卵を入れ、メニュー変更。 他に冷蔵庫にあった材料もザッとみて 「鍋のがいいな」 とつくねに変更(笑) 醤油鍋にしようと思ってたら 醤油の残りが少なくて 「じゃあ塩だな」と。 素人の私からすると、既に興味津々。 まず和だしと塩から入れるそうだ。 が、分量を数字でなんか量らない! ほんだし あごだし にぼしだし 塩 全て感覚なんだって。 そんなもの最終的には考えるというより、 研ぎ澄ますしかない。 「美味いもの食えば美味いってわかるだろ?」 大切なのはバランスなんだって。 基本的に和食の出汁は昆布とカツオ。 それらは素材の味は引き出してくれるけど 旨味が少ないもの(大根とか長芋とか白菜とか)は その出汁だけじゃ物足りない。だからおでんとかは、その他の具材(つくねとかがんもとか練り物)が入ってるから大根もちょうどよくなる。 料理は最初に、時間のかかるもの(煮物とか)から学ぶそうで、それから時間がかからなくてもできるように工夫したりする。結局は出汁ひとつとるのに沢山の時間をかけてやらないと美味しいものは作れないってさ! で、出汁って合わせてしょっぱくならないの? と尋ねると、塩分を加えない限り基本的にはならないから、バランスをとるために色々合わせるんだそうだ。今回はお肉もそぼろで、野菜しか入れなかったから出汁を合わせた。けどこれが海老とか入ってるんだったら必要ないみたい。 ...んー面白いね笑笑
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21.循環 (Mon, 08 Mar 2021)
私達の生きる世界では、目に見えない何かが常に循環しているように思う。人間関係やお金の流れ、血液に呼吸、太陽や地球だってそうだ。運や気なんてものも、そうかもしれない。また悪いことの後には良いことがくるものだ。 時計を見てみると、長針と短針、秒針、そして時計内部の歯車も循環の中にいる。歯車が止まれば、時計は動かなくなる。同様のことが複雑なポリフォニーになるほど、往々にして歯車が止まってしまい、その曲の循環が止まり弾きにくさも出てくる。無理にそこで弾こうとすると怪我もしかねない。 テンションに任せてテンポを無理に上げてみたり、強弱に頼ってしまうより、その曲のもつ様々な循環を感じて身を委ねることの方が大切だと思う。
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20.痛いんだ。 (Thu, 17 Sep 2020)
マッサージに人それぞれ絶妙な加減があるのと同じように、ピアノにもツボがある。それを一方的に無理に押し付けたら、痛いとピアノは言っている。そこじゃない!!もっとこっちと言っていることもあるだろう。 だが、学校のピアノを弾いていると、普段話すことさえさせてもらえず、一方的な仕打ちを受けているように感じて、少し悲しい気持ちになった。 だって、歌うのに喉に力を入れて痛くなったら喉を大切にするでしょ?ピアノだって痛いんだ。 自分がどうしたいの前にピアノと対話することが大切だと思う。たとえ、技術が足りずわかってあげられないとしても、話を聞くことはできる。自分の話ばかりの強引な人の話は聞きたくないし話したくないでしょう? 私は、ピアノは繊細だが優しい楽器だと思う。自分自身のストレスを発散する為にいるわけではないと自戒を込めて、大切にしようと強く思った。きっとピアノの音が聴こえてくると思う。
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19.絵画展へ (Sat, 08 Aug 2020)
ここ最近スライムのように溶けていた私だが、衝動に駆られ、尾形光琳や俵屋宗達らを代表する、日本美術の伝統的な流派「琳派」の現代画家による個展に足を運んだ。 館内に一歩足を踏み入れると、途端に空気が変わり、絵画から空気や光、大地のエネルギーが伝わってくるようだった。 夏の暑さが、熱い緑茶を飲んだような快感へと変わった。 展示されていたのは、花と月が大胆な構図で描かれた作品たち。その横に、漢字二文字の熟語が添えられていた。 構図、色、光と影、裏と表を感じる時間的な奥行きのアイディアに大変驚かされた。日本独特の美の感覚と共に、琳派ならではの金箔の使い方も面白く、枝垂れ桜と月光と宇宙の狂気的なブレンドには、時を忘れさせられた。 稀有、絢爛、夢幻、甘美 そういう何かを確かに感じられるのですよ! ギャラリーでその方の絵画が販売しており、思わず欲しいと言いかけたが...お財布と相談の末、今回は見送ることにした(笑)
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18.技巧的なパッセージが弾けない (Thu, 06 Aug 2020)
連打やグリッサンド、装飾的な速い音型に苦戦するという声を頻繁に耳にする。私なりに、一つのアプローチを書いてみようと思う。 技巧的な音型ばかりに注意が行き過ぎると、身体が緊張し、あらゆる所が固まる。すると色彩感が失われ、弾きにくくもなる。 例えば「道化師の朝の歌」の連打やグリッサンド。左手のハーモニーやリズムをより吟味してみる。それに対する右手はどうだろう。連打の音符たちの中に、いくつの音色が眠っているのか、さらには、どんな響きの消え方をするのか。弾き飛ばしていては見えなかった色を発見することで、技術的にも大きく可能性が広がると思う。 色々なアプローチがあると思うので細かくは書かないが、 弾きに行くのではなく、如何に弾かないか、脱力が鍵を握る。 すると、連打やグリッサンドのような技巧的なパッセージも共鳴し、色彩豊かな響きとなるため、非常に弾きやすくなると思う。視点を変えるだけで、様々な可能性を生み出せる、面白いものだ。
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